Studio LUCE Chika SASAKI  Official Website-
LUCE 〜イタリア語で「光」をあらわすことば
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- 2019/05/03 ☆令和元年が穏やかに始まり ました!☆
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2019/05/03(Fri) 23:30 by ちかこ




《令和元年》が穏やかに始まりました。



日本人で良かったと思います。



この様に日本だけが、平成から令和へと、
社会的な大きな〈節目〉とか〈切り替え〉といった、
分かりやすい変革のキッカケをいただきながら、
自分自身も前進出来るのは有難い事です。



さて、平成最期のレッスンで、
かなりの御高齢の紳士が体験レッスンに来られました。


私の父より少しだけ年若な方でした。



いつも、体験レッスンに来られる方には、
勉強したい曲をご持参いただく様にお願いしているのですが、

今回は「特に何もないので。」ということでした。



体験レッスンの日に、
ちょっとだけ☆ヒラメキ☆に頼ってみました。


すると、【琵琶湖の歌】とヒラメキが来たので、
譜面を探すと、

【琵琶湖周航の歌】という楽譜がありました。


自分自身あまり知らない曲でしたので、
いらっしゃる前に伴奏の練習をして、
ある程度、一緒に歌える様にしてお迎えしました。



話を聴くと、大学生時代にはデューク☆☆☆☆のメンバーとコーラスでご一緒だったそうで、

それならば!!と、

【琵琶湖周航の歌】を勉強する曲に提案すると、
いとも簡単に#高らかに歌い上げてくださいました。


さらには、(ここからは会話形式で書きますね。)



紳士「私はこの歌は飽きるほどに聞いているんですよ。」

私「お好きだったのですか?」

紳士「好きも何も、私は月に1週間ほど琵琶湖の家にリフレッシュに行っているのです。

空気も料理も全てが良いですからね。

琵琶湖では、どこに行っても、この歌が流れてますよ!

先生こそ、なぜこの曲を??」

私「この曲は《偶然》ヒラメキましたので♪」
それにしても別荘ですか?羨ましい。」


紳士「残りの人生を社交ダンスと歌などを楽しみたいので、ご指導をよろしくお願いします!」ということでした。



連休明けは琵琶湖にお出かけだそうで、

令和元年☆これから楽しくなりそうな予感がします♪


実は琵琶湖の沿線で、
近江八幡駅から徒歩で約10分くらいのところに、
沙沙貴神社があります。

どうやら遠い遠い私のルーツがわかるらしいのです。



【琵琶湖周航の歌】が繋いだご縁です。


これからの令和元年のレッスンが楽しみです。


☆出会いに感謝☆


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- 2019/04/30 ☆時代の節目。《平成》に感 謝を☆
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2019/04/30(Tue) 19:04 by ちかこ



《平成》の時代が終わろうとしているこの日に、
時代の節目を振り返っています。



以前、、。

私は《昭和》から《平成》への時代の節目の時に、
音楽人生の大きな節目を迎えたことを思い出しました。



その時は、
イタリア留学の途中で、
日本に一時帰国していました。



昭和音大での「タウリスのイフゲニア」という日本初演のオペラに主演し、
サントリーホールでの「メサイア」のソリストを終え、

またイタリアへの渡航の支度をしていた時でした。


その年、

イタリアでの国際コンクールの優勝後、
日本でのオペラ主演とソリスト出演でしたので、

この一連の活動に関して、

NHKの密着取材やインタビューなどが数ヶ月間に渡りありました。



そして12月の終わりに報道特集で放送される予定でした。



ところが、あと数日で放送という日に、

昭和天皇の御体調を伝えるニュース速報が入り、

まもなく、
NHKのディレクターさんから電話が来ました。


「速報をご覧になられたと思いますが、これからの放送の内容が制限されることになりました。
ササキさんの様な、おめでたい話は残念ながら、全て放送中止となりました。
本当に申し訳ございません。」との内容でした。


NHK側も、私が社会的に注目される様にと、時間をかけて番組を制作してくださったと聞きました。



私の中で、静かに、小さな期待から、大きな失意へと変わり、

やがて時代が変わりました。。。



。。。《平成》が始まり、
私は28歳で、
また何事も無かったかの様に、
イタリアに再渡航しました。


それからもNHKのディレクターさんが気にかけてくださり、何度かお電話をいただいた記憶があります。(ご心配をおかけしました。)



やがて世界は、湾岸戦争に突入することとなり、
イタリア人の友人も戦争に関わっていました。


友人から悲惨な戦争の話を聞くうちに、

私は、この世界情勢の中、
ヨーロッパの歴史と芸術文化を学んでいることの意味や意義に、
静かに疑問以上に罪悪感を感じ始めていました。。。



その戦争より数年前に、

私が音楽の世界に夢中になって勉強ばかりしていた頃、
私の将来を色々と心配してくださった尊敬する人生の先輩から、

「人間として成長するには、結婚をして、子供を産み、育てながら、苦労したり忍耐することを学び、心を豊かにしなさい!」と、
強くアドバイスをいただき、

深く胸に刻んだことがありました。



その言葉は私の人生から消えることは無く、

《平成》が進む中、

私は帰国し、結婚をし、離婚もし、

いつしか、ひとりで子育てをしながら、
ひとりで両親の介護もしながら生きる事となりました。



イタリア→東京→芦屋→東京→山梨→神奈川へと生活の拠点を変えながら、
怒涛の日々を過ごし、
泣き笑い感動し、

子育てと介護を続け、

まさに苦労と忍耐の、
人間として成長する歳月をいただきました。


《平成》という時代の30年と3ヶ月。


有難いことに、

奇跡的に《音楽の仕事》を続ける事が出来ました。

沢山の出会いと学びをいただけた事に感謝をしています。


《平成》に、3度も死にかけて、
不思議な力によって生きる様にと、この世に戻されて、今に至りました。。。


そして今日で《平成》が終わります。


天災は起きましたが、

天皇陛下には平和を祈り、
日本をお守りいただき感謝しております。


ありがとうございました。



明日から新たな《令和》となる日は、
なんと!息子の誕生日です。


☆平成に感謝☆



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- 2019/04/24 ☆30数年以上前にお目にかか っています!☆
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2019/04/24(Wed) 23:00 by ちかこ




不思議な再会(?)は続いています。


昭和の時代、
学生の頃に出会っていた(?)方々が、
平成の終わりに、この私を探し出してくれるという奇跡が次々と起きています。



これまで歌の仕事を続けていて本当に良かった☆と感謝することしきりです。



私が今このように歌の仕事を続けてこられたのは、
沢山の方々の応援と、
沢山の方々の喜ぶ顔を見ることが出来たからだと、つくづく感謝しています。



たとえ100人中3人くらいが不満をあらわにしてきたとしても、

同時進行で、私との関わりを感謝してくださったり、喜んでくださった方々が97人はいたという事実が、
精神的に☆私を支え、継続する力となったのだと思います。


ほんとうに有難いです。。。



さて、この時期に私を探し出してくださった2人目の方は、

30年以上も前に、私がコンクールに押し出されて、
山積みの課題曲の勉強にテンパっていた時期を知っていた、
同門下のおひとりでした。



その方は、
このブログを5年前から見ていてくださったらしく、
私が神奈川に転居し、
大学の仕事についたことを知り、

私との再会を楽しみにしてくださったのだそうですが、

その方の希望する教室には、
私が配属されていなかったそうで、

他の先生を紹介されて、
しばらくは、そちらで学んでいたのだそうです。



ところが最近になり、

ご両親の介護で引っ越しをされて、

それまで学んでいた教室には通い難くなり、

偶然、私が教えている教室が近くだと知り、
いよいよ私との再会が叶ったのだそうです。



お会いした時に、

「実は、30年以上前にH先生のお宅で、お目にかかっています。」

その言葉から始まり、一気に気持ちが近くなりました。



再会(?)した後のレッスンでは、

しばし質問に答える時間が面白く、

若かった頃、何故、突然オペラ業界から私が消えたのか?という事が、ずーっと疑問だったらしく、

主軸になる2つの理由をお話しすると、
自然と納得していただきました。



ここ最近、同じ様な質問を2回もされると、話すことも簡潔になり、

〈私なりの正義を貫いた結果だったのだ〉と自分自身が腑に落ちて、

あの時に周りに妥協しなかった自分の過去を、
今では誇りを持って語れることが幸せだと思える様になりました。


((関係者が近くにいるのでブログでは書けません。。悪しからず。))



さらには、親の介護という共通の精神環境で、
お互いを励まし合える仲間が、また1人増えたことも心強く感じています。



ところが、、、
最近、その方が突然の病にかかったことがわかり、入院も必要になると聞きました。



《これからは自分自身を大切にする時期が来たのですよね☆》とお伝えしました。




この再会をキッカケに、
大好きなオペラアリアや、ステキな曲の数々を心身共に快適に歌い、
魂が輝くお手伝いをさせていただきたい☆と心から思いました。



☆人生は1度きりです。
悔いのない様に、生きて行きましょう♪感謝☆


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- 2019/04/19 ☆30年前にお世話になりまし た(?)☆
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2019/04/19(Fri) 22:40 by ちかこ


奇跡的な再会がありました!!



先月のルーチェのファミリーコンサートのチラシに載っていた担当者へ1本の電話が入り、
レッスンの申し込みをしてくださったのです。



HPからだと連絡が出来ない状態らしく、
とにかく、今!!佐佐木に会いたくて、
お電話を下さったのだそうです。




なんとその方は、

☆30数年前、

私がイタリア留学中に、
日本での演奏会に出演の為に一時帰国していた際に、

当時、学生だったその方に、
留学について話をしたのだそうです。




さらに、その後、
その方がローマに遊びに来た時に、
私とスペイン階段の近くにあるトラットリアに一緒に行ったり(?)、
我が家では炊き込みご飯をご馳走したのだそうです。



。。不確定な書き方で申し訳ないのですが、
あまりにも遠い記憶と、
私がイタリアに住んでいた時に沢山の方々が訪ねてくれたので、
よく覚えていないのが事実です。。。

申し訳ないです。


ただ記憶の奥の方に、希望にキラキラしていた笑顔だけは残像として残っていました。




結局、彼女が本格的にイタリア留学した時には、
湾岸戦争が起きていた時期で、
私は他に理由があり、
帰国した後だったのだそうです。



そして、イタリアでは語学をしっかり勉強されたそうで、

留学からの帰国後は、
イタリアからの歌劇団の引越し公演の通訳などをしたり、

ご自身でもコンサートやオペラの舞台にも立った経験をお持ちでした。



やがてお父様が倒れられ、

それからは介護生活に入り、

8年という介護の後、
お父様を亡くされたのだそうです。



最近では、声楽の指導者としても活動していて、

ご自身の発声そのものにも悩みをお持ちで、

ついについに☆佐佐木を思い出し、

ようやく、たどり着いたのだそうです。


思い出していただけて、有難いことです。



彼女が「30数年前にお世話になりました!」と、言ってくれた時、

努力した日々の全てが、

何十年もの歳月を経て、

音楽で、また繋がる♪♪というご褒美が起きたのだと感激してしまいました。



しかも、さらに凄いことに、

少し前まで伊豆で暮らしていたルーチェの仲間Iさんと同年代だとわかり、


「もしかして、☆さんって知ってますか?」と彼女に聞くと、

まさかの、
学生時代の大親友だったのだそうです!!!



それぞれがお互いに引っ越しを繰り返していくうちに、
やはり数十年の時が経ち、連絡先がわからなくなってしまったのだそうです。



この出来事で、☆佐佐木経由で、
また、2人が繋がったのです♪♪♪


上手く説明が出来ていないとは思いますが、

とにかく☆奇跡的な再会が果たされたのです!!



私とのレッスンも始まり、毎回、目覚ましい変化を感じてくれています。



【歌を続けて来て本当に良かったと思います♪】


実は、また数日前に、
私を探していたという後輩さんが登場しました!!


この話はまた次回に。

☆全てに感謝を☆


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- 2019/04/10 ☆実は介護の問題が起きてい ます。その4☆
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2019/04/10(Wed) 10:28 by ちかこ






3月末に、息子が祖母に様子見に電話をしました。


すると、
あの死ぬ死ぬ騒動のスグ後に、

母がお風呂場で転んでお尻を強く打ったらしく、
その次の日には病院に行ってレントゲンを撮って検査をしてもらい、普通の打撲だと診断されたそうで、

「打撲だけで良かった!」と息子に話していたのだそうです。



息子は「ばあちゃんは生きる気が強い!から大丈夫だよ。」。。。



(死ぬ死ぬと言っていたのに、
慌てて病院に行って検査までしたとは、
さすがに私には言えなかったのでしょう。知りませんでした。)



。。。こんな人生ゲームを繰り返す母。

ある臨界点を超えると暴走する感情に
振り回される家族達でした。



ただ今回は、助けてくれていた人達をも敵に回してまで、死守したかったものが、
父の健康状態ではなく、
母の平和というものが第一だったのだろうと思いました。


他人が毎日訪ねて来て、平和が乱さられる生活空間は、どうしても許せなかったのです。



このゴタゴタの中で書き忘れていましたが、
ケアマネさんから聞いた話しで、
母から、「新たな居宅サービスになるよりも、父を入院させてくれ!」と言われたそうです。


初めは教育入院の話には全く応じなかった経緯があり、さらに話し合い、新しい居宅サービスの提案があったものでしたが、
ことごとく提案を拒否したあげく、
「父を入院させてくれ!」では、
父もすでに何か諦めてしまっています。



。。。4月に入り甲府レッスンの後、息子と両親の様子を見に行きました。


先月のゴタゴタは、
もうすっかり忘れてしまっていて、

母が「何もかわらない。いつも通り看護師もヘルパーも来てる。」と涼しい顔で言うので、

心の深い部分で、怒りよりも、落胆の様な感覚が広がり、
ついひと言、「簡単に死ぬとか、自殺するとか言わないで!」と呟いてしまいました。


母は「みんなが私に、そう言わせる様な事をするから言いたくなる!」と、にらむので、

私「はいはい。これは忍耐ゲームだね。

おかげで忍耐力は異常に強くなってるよ。

ありかとね!!」

母「うふふふっ」 でした。


こんな出来事で学んだことは。


誰が悪いとか言う次元ではなく、

この状況で何をどう判断し、

感情的になる事は後にして、

今、どう考える事が現状打破となり、

今、どう考える事で、少し未来が拓けるか?なのだと思いました。



☆☆☆.その話をしている時に家の電話が鳴りました。


母が出ると、

「どちら様?何ですか?
よくわからないんですけど、ちょっと待ってて、かわるから!」と、酷い顔をして、私に受話器を押し付けて来るので、

私「はい!かわりました。」

相手「あっ。」ガチャ。


ん?ん?ん?ん?んーーー?


まさかのオレオレ?!?!



☆☆☆介護は続きます。ケアマネさんや介護スタッフの皆さんと病院のおかげで、両親は生きています。


私ひとりでは無理です。


以前、前のケアマネさんが、

「心配しないでお仕事をしてください!

そのために私達がいるのですから。」

その言葉が、胸に沁みました。〈完〉

申し訳ございませんが、もう少しだけ仕事を続けさせてください。。。感謝。。



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- 2019/04/09 ☆実は介護の問題が起きてい ます。その3☆
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2019/04/09(Tue) 21:00 by ちかこ



翌日。

母に電話をすると、

「お前が金を払うって言っても、
嫌なものは嫌だからな。

何もわからないと思ってるんだ。

こんなにバカにされて、
今スグにでも、窓から飛び降りて死んでやる!!


あのケアマネもヘルパーも訪問看護も全部やめてやる!!

もう自殺する!!!」と言い、
また一方的に電話が切られました。



やはりこのパターンに入りました。


何十年もこのパターンで、
何十回も、
母から脅されて来て、

お金も親の為に既に1千万以上は支払って来ました。。。



さらに、普段は電話も出来ない父が、

5分もしないうちに電話をよこして、
(たぶん、となりに母がいて、母が番号を押してかけてたのでしょう)



父「婆さんが、また変になってるから、
この話はやめてくれ。

しばらく、ほっておいてくれ。

俺がちゃんと注射するから。

あのケアマネには、やめてもらいたいんだが。」。。。


あまりにも想定内なストーリー展開に、

ひと呼吸置いてから、

父にケアマネさんの必要性と役割を説明し、
なぜ新しい居宅サービスが良いのかを説明したところ、
たぶん(?)父は理解は出来たはずでしたが、

結論は、

父「婆さんが死ぬ死ぬってうるさいから、
今は何も変えられない。悪いな。」でした。。



父も、手のつけようのなくなった母には、こりごりで、

この状態では新しい居宅サービスへの変更は無理だな!!と、私も諦めました。



すぐにケアマネさんに、
母の自殺する発言の暴走を報告し、

理解していただき、
しばらく、現状維持での介護サービスをお願いしました。


(とにかく休戦です。)



ところが、また翌日、

ケアマネさんから電話が来て、

「お母様から電話で、ケアマネをかえてくれ!と言われたのですが、どうしますか?」と、電話からでも怒りが溢れてくる勢いで、
話の中で、このままだと命の保証は出来ないといった内容まで出たので、

またさらに謝りに謝った上で、

「ケアマネさんを変えるなんて、とんでもないことです。

母は時間が経つと落ち着きます。

気持ちが悪いくらい何ごともなかったかの様になります。

父の病状は、母の態度でストレスを抱えて悪化してしまうので、
申し訳ございませんが、
今は現状維持での見守りをお願いします。」とお願いして、
なんとか納得してもらいました。




。。もし、ケアマネさんを変えるにしても、
また新たな全く私達親子の様子がわからない他人が関わり、
他人に対して最大級の警戒態勢になっている母には、
決して良い事にはならないだろうと考えました。


さらに、父に影響が出て、

それこそ大手術をしたガラスの心臓と、人工透析という医療技術で何とか働いている腎臓がどうなるかわかりません。。。



☆☆☆その様な大混乱の中でも、
私は毎日仕事をし、
息子の過密なコンサート活動も続き、

その数日後には、

橋本での【ファミリーコンサート】を迎えました。


何事も無かったかの様に本番に集中し、
緊張している参加メンバーを励まし、

お客様にも楽しんでいただける様に、

司会に歌に精一杯☆頑張りました。



あの日、無事に全てが終える事が出来たのは奇跡でした。


メンバーがそれぞれに協力し合ってくれて、
お客様も温かく☆感謝しかないコンサートでした。



。。。そのコンサートの後、

山梨からは、
何も誰も連絡がなく、
まるで嵐が去った様な感じでした。



4月に入り、
甲府でのレッスンの後、
様子を見に、両親の家へ息子と泊まりに行きました。(つづく)



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- 2019/04/09 ☆実は介護の問題が起きてい ます。その2☆
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2019/04/09(Tue) 11:08 by ちかこ


介護の問題は、誰しもがいつかは向き合わなければならないことだと痛感しています。

もし、興味のない方はスルーしてくださいね。



。。。1年前にケアマネさんが新しく変わった事もあり、
母はその方に、なかなか慣れないこともあり、常に不満を持っていました。


3月の《担当者会議》の後、数日してから、

今回提案のあった、新しい居宅サービスへの変更手続きをするにあたり、

新しいケアマネさんと、以前のケアマネさんが一緒に両親の家に書類を用意して、
説明しに行ってくれました。。。



ところがその日の夕方、私が仕事中でしたので、
母とケアマネさんから、
留守電が入っていました。


仕事が夜まで続いていましたので、

ケアマネさんには「仕事中で電話が出来ないのでメールで教えていただけますか?」と、メール連絡をお願いしたところ、

「直接お話がしたいので、明日、お電話をお願いします。」との返信で、

全く様子がわかりませんでした。きっと何かあったのだろうと察しました。



仕事後、母に電話をすると、いきなり、

「あのケアマネ達は嫌だ!!

すごくお金がかかるやり方に変更すると言ってきた。

知らない人達が、毎朝、家に来るんだよ!

私がキチンと出来てないからって言われた。

こんなに毎日苦労して私が世話してるのに!

もう全部やめて、
私達2人で生きていくから!!」(かなり省略)


酷い混乱状態で、電話も一方的にまくし立てられ、こちらの言うことは聞いてもくれず、遮られ、切られてしまいました。



はてさて、このスイッチが入ると、
また、「死んでやる!」と脅してくるな…と想定し、

この厄介なパターンは、
時間が必要で、

今、電話をかけ直しても無駄だよな!と思いつつも、

父が心配で電話をすると、
案の定、留守電に切り替わり、
メッセージに声かけをしても出てはくれませんでした。



翌日、
ケアマネさんに電話をすると、

やはり母が新しい居宅サービスを理解していなかったらしく、
2人のケアマネさんが説明をしたところ、
だんだん母がワナワナと震え出し、
ついには声を荒げて、

「お金が孫にかかっているから、そんなことに払えません!」と言われた上に、

ワナワナと怒りながら通帳を見せられて、
「この年金では何も支払えない!あなた達には、何もわからないでしょ??」と泣かれたのだそうです。


《娘さんの言っていた事が理解出来ました。》とケアマネさん。



この1年、ケアマネさんが変わってから、私が母の問題を何度か伝えるたびに、
あまり真剣に受け止めてもらえず、
私が大げさな言い方をしていると思っていたらしいのですが、

ついに母が、ワナワナと怒り泣きながら通帳を見せるパターンを、ケアマネさんにも発動したのです。


これは敵意のある人に出す行動です。



これからはケアマネさんも、そのつもりで対応していただけるのであれば、話しはスムーズにいくと、
内心、ホッとしました。(ケアマネさんは大変になりましたが。。。)


とにかく、母の混乱と失礼を謝り、

見せる通帳の他に、
ちゃんと別に預金通帳があることを伝え、
お金の問題ではなく、

《知らない他人が、毎日、来る事自体が嫌で、許せないのだと思う》と伝えて、

お金に関しては、

《以前は親達の家賃や生活のサポートを全てしていましたが、
私達が神奈川に転居してからは、
こちらでの生活や息子の音大の授業料などに追われて、
親へは昔の様に金銭的にサポートをして来れなかった事は事実です。

息子は卒業をしますし、
新たな居宅サービスの支払いは、私の方で支払えますので、もう1度、私から母に説明をしてみます。》と伝えました。

(つづく)



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- 2019/04/08 ☆実は介護の問題が起きてい ます☆
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2019/04/08(Mon) 18:10 by ちかこ


実は、2月の後半から、

山梨で人工透析をしながら暮らしている父の容態が、あまり良くなく、
ちょくちょく、様子を見に行く様にしていました。


重い糖尿病の為、
インシュリン注射は1日に4回も必要で、
その注射の前に指から少し採血をし、
血糖値を測る作業が、データ管理に必須でもあるのですが、

週3回☆人工透析に行く日は、
朝8時半に、病院から車でお迎えが来るのですが、

その時間が両親には早過ぎるらしく、

日に日に動きがスローになる父に対し、
セッカチで苛立つ母との攻防戦が週3回必ず行われています。


その様子を見ていて、
(これは良くないのでは??)と思った事が、ひとつありました。



それは、母が父の隣に座って、
注射針や器具の世話などを助手のように、甲斐甲斐しく(?)急かすのですが、

父が指からの採血作業がスムーズに出来ないと、
それを隣で見ている母が異常に苛立ち、

声を荒げ、

「今はダメだから、それはしなくていい!やめなさい!!早く注射をしなさい!!!」と、
父の採血チャレンジを阻止して、
データを取らせず、
インシュリンの注射だけして、
食事を食べさせ、

病院からのお迎えの車の時間にギリギリ間に合う様にと送り出していたのです。。。




。。。3月に入り、

ケアマネさんをはじめ、病院スタッフの方々と介護スタッフの方々、
両親と私と息子も含め全員で12名での、
今後の対策についての《担当者会議》がありました。



父には、やはり教育入院の提案がありましたが、

父や母をよく知る看護師さんからは、

「多分、いまの認知症(アルツハイマー型)の進み具合だと、病院でも看護師さん任せになり、退院後の家でのお母さんの負担が、さらに大きくなるのではないでしょうか?」との意見が出て、

皆、母のことを心配し、
教育入院案は却下されました。



もちろん、この人工透析で命を保っているのですが、
透析の病院側からの報告では、

やはり懸念していたとおり、
最近、朝の血糖値が不安定で、
記入するべきはずの、朝のデータが取れていないとの報告がありました。



透析に入るにあたり、
病院側でも毎回検査をしているのですが、
どうやら頻繁に酷い低血糖状態を起こして病院に来ているとの事でした。


その数値は一般的には命の危険範囲に入っているにもかかわらず、

父自身が低血糖症状の自覚がなく、

普通ならば、
意識を失って倒れるか、酷い体調不良を訴えるはずなのに、
その感覚が麻痺していることが心配だと説明もされました。



さて!?これから、
どうすることが、朝の父の血糖値の維持が出来て、
どうすることが、母の負担が少なくなるかをケアマネさんに考えてもらったところ、

これまでの訪問看護と訪問介護を終了し、
全般的な管理が出来る居宅サービスに切り替え、

《1日4回のインシュリン注射の時間に看護師さんに家に来てもらい、作業やデータは看護師さんと管理すれば、入院などは必要ないですよ!》
という提案があり、

その場では両親も、
「ハイハイ。お願いします。」と言い、

神奈川に離れて暮らし仕事をしている私や孫にとっても、それなら安心だと思い、
4月からスタート出来る様にと手続きをお願いしました。



ところが、またまた、事件が起きたのです!! (つづく)


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- 2019/04/03 ☆【平成】から【令和】へ移 り変わる貴重な日々に☆
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2019/04/03(Wed) 11:52 by ちかこ



新元号が【令和】となりましたね。



いよいよ【平成】が終わるのですね。


最近の口癖が、
「【平成】最後の〜〜☆」と言っては楽しんでいます。




さて、ファミリーコンサートの後日談に少しだけお付き合いください。。。



。。。あの日、フル稼働した体と頭は、
ついにゼロ以下になり、
頑張り過ぎた体は、ただただ横になって休みたいと願うばかりでした。


翌朝は五十肩の辛さと過労で、普段の家事も出来ず、、、
息子の翌朝の朝食に何を出したかが思い出せないくらいでした。


その日はコンサートのお祝いにいただいた☆お菓子とお煎餅を食べて、1日中、横になって過ごしました。



息子は翌朝も《新浦安でのコンサートに出演》のために早くから出かけました。



ところが帰宅がなんと!深夜の1時でした。

無事に歌い終えた安心感で、
仲間達と打ち上げで飲み過ぎたらしく、
へべれけでの☆御帰宅でした。



あまりのキラキラ臭に全身にファブリーズをふりかけ、

仲間達が買ってくれたという二日酔い防止(?)のドリンクと、家にあるシジミエキスのサプリを3倍飲ませ、
水分をたくさん飲ませて、

とにかく休ませました。。。



。。。翌朝、話を聞くと、

どうやら打ち上げ会場のトイレ(?)で寝てしまったらしく、
同じ方向に住んでいる仲間達に荷物などを持ってもらい、
玄関先まで支えられて帰宅したと聞きました。(やっちまったな!です。。)


《連れて帰ってくれた仲間達には心から感謝しています。ありがとうございました。》


☆☆☆そして久しぶりに2日間休みが取れたので、私達親子と友人との3人で、温泉に湯治をしに行きました。


私は肩が痛くて上がらない状態でしたが、温泉効果で少し楽になりました。



息子もアルコールが抜けて回復し、その翌朝からのコンサートのリハーサルに入り、午後にはバイト。

その翌日にはコンサートに出演し、
打ち上げでは、少しのアルコールに控えたとか言いながら、
また1時頃の帰宅で、倒れる様に休んでいました。



そして翌朝は、音大でイタリアから招聘教授のオーディションがあり、
卒業前にノミネートされていたので、ふらふらしながらオーディションを受けに行きました。


幸いオーディションには合格が出来、
それから、
ほぼ毎日の様に☆凝縮した厳しいレッスンを受けさせていただいております。


まさかの新しいオペラアリアの宿題が出されて、
「明日までに歌えるように練習して来なさい!」との事。


必死になって音取りから音楽作りまで、寝ながらも(?)作業をして、
レッスンに持っていきました。


その曲への取り組みがOKだったらしく(?)、
さらにもっと難しいオペラアリアの宿題が出されていました。


またまた「明日までに!」

必死に練習し、勉強し、
【平成】最後のイタリアからの招聘教授のレッスンを何かを凝縮したかの様に、受け続けています♪♪


息子の3月の活動は、
週2回ずつのコンサート出演が続き、
ラストウィークは週3回のコンサートとオーディションでした。


卒業記念にしては、コンサート出演が、有難いほどに、あまりにも多過ぎました。



☆☆☆4月1日に、
新元号が【令和】と決まりましたね。


私は【平成】最後の春休みを過ごしております。


五十肩も少しずつ痛みが減っている感じです。どうせなら【平成】中に治ってもらいたいものです。。。



☆【平成】の日々に感謝☆



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- 2019/03/26 ☆ファミリーコンサートへの 応援を有難うございました♪ ☆
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2019/03/26(Tue) 14:12 by ちかこ



おかげ様で、
【ファミリーコンサート】が、
沢山の方々にお集まりいただき、
温かい拍手の中、
出演者全員が♪無事に歌い上げることが出来ました。


応援☆有難うございました☆☆☆


今回の参加メンバーは、スタジオルーチェで一緒に勉強している仲間達と、附属音楽教室からの有志の方々との山梨・神奈川・東京の合同チームとなりました♪

クラシックからポップス、ボサノバまで、
実にバラエティにとんだプログラムで、

一人ひとりが日々懸命に練習をした成果を、
一期一会のステージで、
全身全霊で歌い上げてくれました。



前日まで参加が危ぶまれたメンバーも、
なんとか出演出来ました。


人生で初めてソロで発表する人や、

産後初の復帰ステージを踏んだ人、

持病のあるメンバーは、
もし病気が急変したなら、
いつでも救急車を呼ぶ覚悟を(私が)持つ必要性を感じながら、本番を無事に歌い上げてくれて安心しました。


プロにはイタリアオペラアリアをしっかりと歌ってもらい、場を盛り上げてもらえました。


皆さん☆ステキでした♪


後半の佐佐木親子のコーナーでは、

私達親子が大切にしているテーマソングからスタートし、
息子の音大卒業報告を兼ねて、卒業試験に歌った曲や、
息子からのリクエストされたイタリア歌曲と日本歌曲などを歌いました。


さらに急きょ、本番間際に、息子へ私からリクエストをした、
息子の高校時代の思い出の曲、
「愛は勝つ」をショートバージョンで歌ってもらいました♪

お客様にも手拍子で応援してもらい、

途中、息子に【卒業おめでとう!】と客席から声がかかり、会場がひとつになった幸せを感じました。



初めての土地で、初めてのホールで、使い勝手が全く分からず☆ドキドキしながら、
初参加の方々には充分に配慮しつつ、脳はフル回転でした。


舞台設定や舞台進行など、
山梨メンバーやベテランメンバーが積極的に役割分担をしてくれて助かりました。


ひとりでは出来ないことも、
みんなが力を合わせてくれて、
一緒に作り上げたステキなコンサートだったと感謝しています。



来てくださったお客様は、
スタジオルーチェのコンサートに初めていらしてくださった方々が約7割、
昔から応援してくださる方々が約3割くらいでした。


初めてのお客様は、
まさか佐佐木親子が☆全てに司会を盛り込んでくるとは想定外だったらしく、
デコボコな会話も楽しんでもらえた様子でホッとしました。



☆☆☆息子が保育園の頃の練馬からスタートしたスタジオルーチェです☆☆☆

その当時から18年以上応援してくださっている方々も応援に来てくださいました。


少し前に、40年ぶりに再会した岩手の同級生達も応援に来てくれました。


東京に住んでいる親戚も応援に来てくれました。


以前スタジオルーチェで一緒に歌った仲間も来てくれました。



まさに【ファミリーコンサート】の名にふさわしいお客様が揃った日でした。



ホールのある場所が地元だと言う出演者のお知り合いの方々が沢山来てくださって盛り上げてくれました。


予定していた人数を超え、イスをさらに追加するほどでした。


最後に、
参加者全員からの☆大きな大きな薔薇の花束☆をいただきました。


なんと!その薔薇の花束は、
スタジオルーチェで学んだメンバーが、

つい前日、千葉県鴨川市のバラ園に嫁ぎ、
この日の為に旦那様と鴨川から車で、直接、花束を届けてくれるという嬉しいサプライズもありました。

新婚生活が幸せそうで、ついつい嬉しくてウルウルしてしまいました。

(どうぞお幸せにね♪)



そして、今回もピアノ伴奏をしてくれた尚ちゃんとは20年近くの音楽パートナーで、
歌う側にどんな事が起きても、何事もなかったかのように素晴らしいサポートをしてくれるピアノテクニックは☆脱帽でした!!

沢山の曲数を伴奏してくれて有難うございました。



まだまだ書き足りないほどの沢山嬉しい、感謝が溢れる奇跡的な日でした。


裏方スタッフも☆メンバーのファミリーやお知り合いに助けていただきました。

有難うございました。。。



。。。実は、よりによって、今回、五十肩になってしまい、薬が全く効かない激痛の中でのコンサートでした。


ロングスカートの裾を踏まない様に、裾を少しつまみ上げるだけでも、ズキンズキンと肩や腕に痛みが走る連続で、
さらには☆足の裏までつってしまい、片足を浮かせたまま、
体が悲鳴を上げながらの本番でしたが、
息子が一緒に舞台に立っていたので、

舞台袖に居る時に、様子を察してイスを出してくれて助かりました。

(よる歳には勝てないものです。)



コンサートの翌日は、丸一日体が動かず、
肩も腕も腰も足も激痛でした。思考も停止していました。。。


(本当に良く頑張ったと思います。)



皆さん!!
応援をありがとうございました。


♪♪♪感謝♪♪♪




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- 2019/03/23 ☆祝♪卒業!!そして今日は コンサート☆
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2019/03/23(Sat) 09:56 by ちかこ




息子が昭和音大を卒業しました♪♪

素晴らしい体験と思い出が凝縮した4年間でした。


お世話になった先生方、応援してくださった皆様、ありがとうございました。


(語り始めると長くなりますので、また後日。。。)



☆☆☆今日は橋本にてスタジオルーチェの、
【ファミリーコンサート】を開催いたします。



個性豊かな音楽仲間達と共に、今出来る音楽を精一杯お届けします。


そこで、たっぷりと息子と卒業トークをしながら、
ここまで成長した歌声を聞いていただこうと思います。



これからでも、お席は十分にありますので、どうぞ御来場ください。



今日の出演者の中には緊張して眠れない人やら、色々とハプニングがあっても乗り越えて、本番には間に合うだろう人など、
様々な人間模様が産み出す音楽も必見必聴です。


それでは会場でお待ちしております♪

☆全てに感謝を☆


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- 2019/03/18 ☆牛乳瓶の底みたいなメガネ !?☆
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2019/03/18(Mon) 12:06 by ちかこ




「高校生の時、牛乳瓶の底みたいなデッカイメガネかけてたよね!?」


と、私の40年前のダサくて、さえなかった高校時代の印象をバッサリと、
いきなり言われて、

苦笑いからの40年振りの再会を果たしました。



集まったメンバーは、現在、東京や千葉、神奈川に暮らしている高校時代の仲間達で、年に1〜2度☆あるらしい飲み会でした。



こんな私にも3年くらい前から、
偶然、私が神奈川に暮らしていることを知った同級生から連絡が来て、
その会にもお誘いをいただいていましたが、
ようやく、今回、顔を出すタイミングが合いました。


(そういえば小中高の同窓生名簿には、
いまだに私は住所不明のままです。すみません。。。)



さて、40年振りの再会にあたり、

毎日仕事ばかりしていて、
歳相応におばちゃんになった事だけが、自分の気掛かりでしたが、

あのメガネ時代から進化した40年では、
メガネの無い私を見て、

「誰?誰?えーっ?!」となるのも納得でした。



その日は仕事を終えてから、銀座まで急いで駆けつけたので、

集合時間から2時間も遅れての参加でしたが、
みんな待っていてくれて、

第一声が、
あのメガネ時代の私の話。。。



40年振りだと、色々と聞かれるだろう事も考えていましたが、

今回、
選んでくれたお店がオールディーズのライブハウスで、
ライブの途中から入りましたが、

大好きだった懐かしい名曲をガンガンに目の前で楽しそうに演奏していて、
しかも凄く上手い!!!ので、

ついついお客に徹してノリノリで聞いてしまいました。



みんなと話が出来た時間は、

ライブの合間の20分くらいと、
終演から閉店までの30分くらいでしたので、

一応の生存確認と、

「私はとりあえず元気だよ!

今は音大附属の音楽教室の講師と、高校の非常勤講師をしてるよ☆☆
今度、コンサートがあるから来てね!!」と、
チラシと招待券を渡して、現状を伝えるくらいでした。



しかしまぁ、
こんな嬉しい日が私にも☆巡ってくるとは、

コツコツ、頑張って生きてきたからこそのご褒美だな〜とウルウルっとしてしまいました♪♪

「芦屋に嫁いだって聞いていたけど、
なんで神奈川にいるの??」

☆☆☆☆☆色々あったのよ私。

また次回、ゆっくり話せたらね!!

じゃあね!またね!!


かいさーん♪



☆幸!!感謝☆



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- 2019/03/17 ☆君が代☆
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2019/03/17(Sun) 10:04 by ちかこ



今日、S.ルーチェで学んでいる幡野さんが駒場オリンピック競技場にて、
ホッケーの試合のオープニングで、

【君が代】を独唱します♪.



異例の大抜擢に本人も私も驚いています。


お天気が良くて良かったです!!


今の幡野さんの歌心が青空に響き渡ります様に☆☆☆



☆☆☆さて、おかげ様で、またひとつ歳を重ねました。



相変わらず、日々色々あります。



未だに熱く、誰かの為に全力で関わり続けています。


その頑張りは☆誰かが気付いてくれることなどはマレで、

自分の努力や、その努力の価値は、
自分にしかわからない事なのだと納得して、
内心、楽しんでもいます。



感情の起承転結も、

自己完結出来るワザをヤンワリと習得出来ました。



これは忍耐とは違うものです。


感情の他人への発散ではなく、

感情の押し殺しでもなく、

ニュートラルにすることで、

脳内に自己シェルターの様な安心や穏やかとなる心の置き場を持ち、

移動中の電車の中や、

仕事の合間などでも出来て、

スッキリします。



またひとつ、穏やかに歳を重ねました。



さて、そろそろ幡野さんが【君が代】を歌う時間です。


☆全てに感謝を☆


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- 2019/03/12 ☆東日本大地震から8 年☆
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2019/03/12(Tue) 21:27 by ちかこ
東日本大地震から8年。


今日、命が在ることに感謝しています。


阪神・淡路大震災を経て、
さらには東日本大地震を体験し、
今、こうして生きている事が奇跡なのだと、
ただただ感謝しかありません。


。。。以前、東日本大地震の後、
岩手県の生徒さんから聞いた話ですが、
自宅から車で2時間離れた陸前高田に、ひとりで住んでいたご高齢のお母様を訪ねた日に大津波が起き、
2人で高台に逃げて、なんとか助かった話を聞き、
その奇跡をブログに書きました。

しかし、その生徒さんは4年前にガンで亡くなりました。

お母様は、今は施設で余生を過ごしていると、
生徒さんの旦那様からいただいた年賀状に書いてありました。。。


過去を悔やまず、
未来を心配せず、
今に生きること。


不器用ながらも、
毎日を精一杯 生きています。

合掌


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- 2019/03/02 ☆お腹に力を入れて〜〜♪え っ?☆
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2019/03/02(Sat) 11:16 by ちかこ




ここのところ小学生の低学年の生徒さん達も増えています。



現在、小1から76歳までと幅広く、

童謡からクラシック、さらにはポップスやタンゴ、シャンソンと、実に様々な歌を教えています。



腹式呼吸や鼻呼吸なども、健康を意識して、やんわりと楽しく馴染んでもらえる様にと教えています。




☆さて、先日、真面目な小学生の女の子が、腹筋を一生懸命使って歌っていた時の事。。。


(プゥー♪プップゥー♪プゥー♪)と可愛い音が、
歌声では無いところから聞こえて来ました。


おぉ〜!??と思いましたが、

私はピアノ伴奏をしていたので、

ひとまず1番の歌詞が歌い終わるまで笑いをこらえて弾き、

間奏を弾きながら、

思わず@ニカッ@と女の子の顔を見ると、

本人も、真っ赤な顔をして可愛く吹き出しそうになっていたので、


「いいんだよ♪お腹に力を入れて歌っていたら、たまにはあるよ#」と弾きながら話すと、

女の子は2番の歌詞に入る時に、


「プハハハハ〜〜♪」と、堪えきれずに笑い出してしまいました。


私もピアノを弾く手を止めて、

しばらく、一緒にゲラゲラと笑ってしまいました♪♪


その子はいつも緊張してレッスン室に来て、帰る時にはリラックスして帰るのが定番でしたが、

今回は帰る時に、思い出し笑いをしながら元気に、「先生、さようならー♪」と、手を振って帰って行きました♪


私も「はい♪また次回楽しく歌いましょうね!」と、手を振りニコニコで見送りました。



☆☆☆大人のレッスンでも、
たまーに、(プゥーッ♪)とか(ブッ♪)と聞こえますが、

聞こえなかった事にするのが、どちらにも気まずくならずに済むので、ピアノ伴奏を弾き続けます。



しかし、今回は可愛い音と可愛いハニカミで、☆レッスン室が笑い声で包まれました。



なんだか一緒に笑っていたら、
色んな事で締め付けていた感情が緩み、
ホッコリと心が温かくなりました。



次のレッスンには、
笑顔で来てくれたら嬉しいなぁと思いました♪

☆感謝☆


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- 2019/02/22 ☆日常生活が善い修行☆
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2019/02/22(Fri) 23:26 by ちかこ


日常の生活に散りばめられている様々な出来事に、
感情が上がったり下がったりするのは当たり前のことです。


どんなに上がっても、

どんなに下がっても、

そこからニュートラルな心の状態に、自分自身で戻せることが人生の学びだと知ってからは、

巡り会う出来事には常に襟を正して、

学びと思い真摯に向き合っています。



自分以外の人が発する言葉には、
意外な衝撃も多々ありますが、

自然とお腹に力を入れて☆対話している自分も、これまた良しとしています。




万が一感情が下がったり、
ドキドキしたりしても、

ひとまず深呼吸をして、

瞬間的にホ・オポノポノをし、

その言葉を発してくれた相手に対し、

学びを与えてくれたという敬意を持って、とにかく、無心に感謝します。



それから、
「さて、その言葉にはどんな学びが?」と考えます。



心にグサッと刺さる痛みを覚えたならば、

「私が同じ言葉は使わない様にしよう!」と学び、


その言葉が私の頭の中で力を持たない様に(頭の中でぐるぐるといつまでも考えない様に)、
ホ・オポノポノのクリーニングをすることは意外と最強です。



そんな言葉を聞いた原因を考え、
もし、原因が思い当たらない時には、

ホ・オポノポノの考え方だと、

もしかしたら今世ではなく前世から相手は私に言うチャンスを待っていたかもしれない。。。などと考えると、

その発言をした方に、

そんなことを考えるキッカケを与えてくれたことにも感謝しています。



一旦、天に「聞きました。どうぞ自己解決が出来る様に教えてください!」とお願いし、なるべくニュートラルになる様にします。




毎日、沢山の方々とふれあう日々、

無事に1日が終えることに感謝をして、

頑張って生きてくれた自分の体と心をいたわり、明日の為に休みます。



この様に日常生活が日々善い修行であり、

小さな事も、大きな事も、
自己解決が見出せるまでに、心が成長出来た事に安堵しています。


皆さんは、どの様に生きていまか???



☆全てに感謝を☆



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- 2019/02/22 ☆日常生活が善い修行☆
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2019/02/22(Fri) 23:24 by ちかこ


日常の生活に散りばめられている様々な出来事に、
感情が上がったり下がったりするのは当たり前のことです。


どんなに上がっても、

どんなに下がっても、

そこからニュートラルな心の状態に、自分自身で戻せることが人生の学びだと知ってからは、

巡り会う出来事には常に襟を正して、

学びと思い真摯に向き合っています。



自分以外の人が発する言葉には、
意外な衝撃も多々ありますが、

自然とお腹に力を入れて☆対話している自分も、これまた良しとしています。




万が一感情が下がったり、
ドキドキしたりしても、

ひとまず深呼吸をして、

瞬間的にホ・オポノポノをし、

その言葉を発してくれた相手に対し、

学びを与えてくれたという敬意を持って、とにかく、無心に感謝します。



それから、
「さて、その言葉には#どんな学びが?」と考えます。



心にグサッと刺さる痛みを覚えたならば、

「私が同じ言葉は使わない様にしよう!」と学び、


その言葉が私の頭の中で力を持たない様に(頭の中でぐるぐると、いつまでも考えない様に)、

ホ・オポノポノのクリーニングをすることは意外と最強です。



そんな言葉を聞いた原因を考え、

もし、原因が思い当たらない時には、

ホ・オポノポノの考え方だと、

もしかしたら今世ではなく前世から相手は私に言うチャンスを待っていたかもしれない。。。などと考えると、

その発言をした方にも、

そんなことを考えるキッカケを与えてくれたことに感謝しています。




一旦、天に☆
「言葉は聞きました。どうぞ自己解決が出来る様に教えてください!!」とお願いし、
なるべくニュートラルになる様にします。




毎日、沢山の方々とふれあう日々です。



無事に1日が終えることに感謝をして、

今日も無事に生きてくれた自分の体と心をいたわり、
明日の為に休みます。



この様に日常生活が日々善い修行であり、

小さな事も、大きな事も、

誰かを咎めたり、根に持ったりせず、

自己解決が見い出せるまでに、
心が成長出来た事に安堵しています。



複雑に生きる事はくたびれました。



シンプルに音楽と生きる事を願っています。




皆さんは、どの様に生きていまか???



☆全てに感謝を☆



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- 2019/02/14 ☆運命的な御縁はあるんだよ ね♪☆
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2019/02/14(Thu) 18:40 by ちかこ




かれこれ15年以上☆
心身魂と歌と、あらゆる面で関わってきた生徒さんから聞いた《運命的な御縁》のお話をひとつ☆
本人から許可を得たので記載しておきますね。



その生徒さんは、
ある男性との出会いが高校生の時にありました。



彼女が高校生の時、
とある大物歌手の大ファンで、
友人とコンサートを観に行った時、

彼女の友人が大物歌手のスタッフさんと知り合いだったとかで、スナップ写真を取りました。



時間は先に進み、
大学生の時にも☆大物歌手のコンサートには時々☆足を運んでいました。



その生徒さんは不思議な感性を持っていて、
レッスン中に別人の様になったり、歌っているうちに気が遠くなったり、あらゆる面で、かなり大変な生徒さんでしたので、
(これは私の専門分野だわ☆)と腹をくくり、一緒に大学卒業までサポートをしました。



大学を卒業してからは、様々な仕事をしながら、私との歌と魂のレッスンは続けてくれました。



やがて、私の都合で山梨に転居してからは、
なかなかレッスンには来られず時間が空いてしまうこともありましたが、

彼女の音楽活動が徐々に軌道に乗り、
良い出会いの中で、
ステージに立つチャンスに恵まれ、

ついには海外公演のメンバーにも選ばれて、
活動の幅を広げておりました。



そんな中、

あの大物歌手のマネージャーさんと運命的なお近づきがあったのだそうです。



なんとその方は、
彼女が高校生の時にスタッフさんだった方が、マネージャーさんになっておりました。(私の勘違いでなければ。)



2人が良き御縁と実感してからは、
お互いを大事にする日々が続き、

周りの皆さんにも応援していただき、

晴れて嬉しい結婚に至りました。



今は可愛いお子さんにも恵まれて、
落ち着いた生活を送っています。



先日レッスンに来た時に、
面白い写真を見せてくれました!


高校生の時に友人がスタッフさんと写した懐かしい写真で、
なんと!その2人の後ろに、偶然にも☆彼女が写り込んでいるというものでした。



神様は、この写真の頃から20年近くの歳月を見守り続けてくださったのかしら、、、と思うと、この《運命的な御縁》を繋いだ不思議な写真に感動してしまいました。。。



この状況が私のつたない文章で、皆さんに上手く伝わるかどうかはわかりませんが、

私はまるで、ひとつの映画を観た様な幸せな気持ちになりました。



人の御縁は魂の転生の記憶の中で、
「次は夫婦になろう!」と約束をする場合もあるそうです。



歌の仕事をしていたからこそ出会えた御縁なのだろうと思いました。


どうぞお幸せにね♪


☆全ての出来事に感謝☆


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- 2019/02/08 ☆合格おめでとう!☆
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2019/02/08(Fri) 18:30 by ちかこ


またまた☆嬉しい合格のお知らせが届きました!☆

今年は音大に3人が合格しました。


おめでとうございます。


大学でのさらなる飛躍を応援しています。


頑張ってくださいね♪

☆一緒に夢に向かって努力し続けてくれて、ありがとうございました☆祝☆


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- 2019/01/29 ☆沢山の学びをありがとうご ざいました。☆
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2019/01/29(Tue) 18:10 by ちかこ




先週で、高校の担当の授業が、
今年度分は終了致しました。。



生徒の皆さん、
一緒に音楽を楽しんでくれて、
学んでくれて、
ありがとうございました。



高3という音大受験や他大学受験、
そして専門学校受験の生徒さん達と共に、
未来の為に授業をしました。



進学先が夏頃から決まっていた生徒さんや、
3月までチャレンジする生徒さんなど、

皆の繊細な気持ちと常に向き合ってきました。



今回は、私の担当の声楽は高校では専科ではなかったので、

声楽の指導が60%と体作りが20%、
そして精神力や思考力や人間力を高める事も20%入れた内容で、

毎回、一期一会の精神で向き合ってきました。



最終日は1年間に学んだ楽曲を総復習して歌ってもらい、
1人ずつコメントもいただきました。



私が担当したソプラノクラスからは、

「声楽だけではなく、生き方を教えてくださり、楽しかったです。授業が楽しみでした。歌うことが前より楽しくなりました。ありがとうございました!!ect...」といった内容のコメントをもらい、

嬉しくて目がウルウルしました。


私からの最後のコメントは《チャンスの神様》の話をし、

この1年間の感謝を伝えました。



公立高校での非常勤講師という仕事を、1年間☆勤めることが出来て、
心の柔軟性を養い、小さな自信がつきました。



音楽を志す高校生達の純粋さにシッカリ触れて、
何度も初心を思い出しました。



人生を前に進めることを応援し、

私が体験してきた沢山の出来事を伝え、


これから、
☆音楽を通して人間力を養う事☆に繋がって欲しい!と願いながら1年間を共に歩みました。



(変な事を語る先生だったと思います。)



毎回、「人生のどこかで、思い出したら使える事だよ〜♪」と言いながら、
まさに一期一会の授業でした。



幸い、担当した生徒さんから、
音大声楽科に特待生での合格者も出ました。


嬉しい限りです。


良く頑張ったと思います。




☆☆☆実は、また来年度の辞令を受け取りましたので、
またまた、高3の受験生達と楽しい音楽の学びの時間をいただきます。



みんな伸びしろは無限大です!!


元気でね♪(^。^)/


☆沢山の学びをありがとうございました!感謝☆



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